いくたび

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いくたびREPORT_03 福島県福島市

真綿の手ざわりと人とのふれあいに癒やされて
養蚕のまちで紡ぐ地域とのあたたかな縁
絹の里、信達地方へ
旅の舞台は、福島県北部に広がる信達地方。阿武隈川のほとりに広がる自然豊かなこのエリアは、かつては「信達蚕糸業地帯」として日本全国にその名を知られ、江戸時代から養種・養蚕・生糸・絹織物の名産地として栄えてきました。
 
ここで訪れたのは、福島市飯坂町の古民家を改装した「染織工房おりをり」。迎えてくれたのは、工房を主宰する染め織り作家の鈴木美佐子さんと、シルク文化の継承に力を注ぐ福島市フルーツラインエリア観光推進協議会の中山高行さん。まずはお二人に、信達地方の養蚕業の歩みと現状についてお話を伺いました。
最盛期は、大正から昭和初期にかけてで、現在、果樹園となっている大部分は、かつて蚕のエサとなる桑畑であったそうです。しかし、桑の病気が蔓延したり、化学繊維が主流になるにつれ、養蚕業は徐々に衰退。現在、福島県内の養蚕農家は12軒を残すのみとなり、他地域も含めた純国産生糸の生産量は国内消費量の1%にも満たないと言います。
 
「このままでは福島から養蚕の文化がなくなってしまう」
 
中山さんはそんな危機感を抱き、観光からの切り口で養蚕について知ってもらう機会をつくれないかと模索していました。そんな時に出会ったのが鈴木さんでした。
鈴木さんによれば、福島では養蚕だけでなく、製糸や真綿生産、機織も一貫して地域内で行われていた全国でも珍しい地域で、昔ながらの手仕事を体験したい人からの問い合わせが年々増えてきていると言います。鈴木さんの存在を知り、中山さんは「養蚕や織物の体験は、地域に何度も足を運んでもらうきっかけになると感じました」と振り返ります。
 
現在、中山さんは鈴木さんの活動をサポートしながら、都心タワーマンション在住者向けの出張ワークショップを企画したり、地元の大学生を巻き込んで養蚕をテーマにしたカルタや絵本を制作したりするなど、信達地方が旅の選択肢のひとつとなるような仕掛けづくりを進めているそうです。
繭パフ作り体験と、鈴木さんとの心あたたまる時間
お話の後は、「染織工房おりをり」で人気のワークショップ、繭パフ作りを体験。繭から取り出した真綿(繭から蛹を取り出した後で糸にする前の状態を真綿と呼ぶそうです)を撚り合わせて糸にし、パフのかたちに織り上げていきます。初めてふれる真綿はふわふわと柔かく、心なしかしっとり水分を含んでいるかのよう。そう伝えると鈴木さんは「真綿は人間の肌と同じアミノ酸でできているからとっても肌に優しいの。これで洗顔すると肌がスベスベになるわよ」と、にこやかに教えてくれました。
パフを織るのに使ったのは手織り機の一種である高機(たかばた)。あらかじめセットされた経糸(たていと)の間に左右交互に横糸をくぐらせて平面状に織り上げていきます。左から入れた横糸を右から出し、筬(おさ)を引いて打ち込み、足元のペダルを踏んで経糸の開口部を変え、次は横糸を右から左へ。順番を間違えないように気をつけながら作業していきます。慣れてくると、ペダルを踏んだ際に綜絖(そうこう)が開くガチャンという音、筬を整える際のトンという音がなんとも心地よく、夢中で右から左、左から右へを繰り返していました。きれいな織り目を作るためのコツは、糸を引っ張りすぎないこと。繊細な加減が仕上がりの美しさに影響します。
途中、「手を動かすだけじゃもったいないから、おしゃべりしましょ」と鈴木さん。
 
震災後に「福島のために何かしたい」と染織工房に養蚕を加えたこと、建物を10年かけて改装し、宿泊もできるように整えたこと、養蚕を始めたばかりの頃は「うまくいくわけがない」と言われ、悔しくて本気で取り組んできたこと。そうして出来上がった繭を素晴らしいと褒めてもらえたこと。お茶目な話しぶりを聞いていると、工房を訪れる人たちはワークショップ体験だけではなく、鈴木さんとの交流を楽しみに来ているんだなぁと感じました。
10センチほどに織り上がったパフを、鈴木さんがミシンでしつけしてくれました。絹の自然な色合いが美しく、つやつやと光る繭パフの完成です。やや不揃いな目も、自分で織ったことを思えば愛おしく感じられるから不思議。これからパフを使うたびに、工房で聞いた鈴木さんの話や機織りの音を思い出すことでしょう。
養蚕文化を次の世代へ
「歴史を大切にしないと未来はないと思うの。昔ながらを守りつつ、新しいものを生み出していかないとね」と鈴木さん。そのために今後は、体験にも商品自体にもさまざまな付加価値をつけて養蚕の素晴らしさを伝えていきたいと意気込んでいます。なんと、「食べる繭」にも挑戦するのだとか!
 
「蚕は捨てるところがないの。繭は生糸になるし、美容成分をたっぷり含んでいるから化粧品にも使える。糸を取り出したあとの蛹を食べる地域もあるし、フンは漢方薬や肥やしになるのよ」
織物以外の活用法で新たな収入源ができれば、再び養蚕が見直されることもあるかもしれません。実際にそんな動きも生まれつつあり、「ツアーに参加し、工房で養蚕体験をした人たちで商品開発のアイデアが生まれたりもしているんですよ」と中山さん。出かけた先で思いがけず新たな友人ができるのは旅の醍醐味のひとつ。まるで細い糸がより合わさって強くしなやかな生糸になるように、養蚕や鈴木さんを中心に人と人の縁が紡がれています。
「養蚕のすべてにワクワクしているの。このワクワクを来てくれた人に伝えるのが私の役目ね」
 
そう言ってにっこりと笑う鈴木さんと、その様子を穏やかな眼差しで見つめる中山さん。福島の養蚕文化を残したいという共通の想いをもつ方々との交流を通して、一緒にワクワクしてみませんか?
エピローグ
卵から孵った蚕が繭になるまで約1ヶ月。「染織工房おりをり」では、年に4回程度養蚕を行っており、タイミングによって異なる工程を体験することができます。糸にするまでにもさまざまな工程があるため、たとえば初めは蚕のお世話、次は繭から糸を取り出す作業と、何度も足を運ぶ楽しみがあります。
 
私はといえば、持ち帰った繭パフを実際に使って洗顔してみたところ、びっくりするほどしっとりツヤツヤ肌になり、改めて“お蚕さま”(養蚕農家では家族の暮らしを支えてくれる蚕をこのように呼んで大切にしていました)のパワーを実感することができました。
 
信達地方に根付いた養蚕の奥深い世界を、ぜひ皆さん自身の目で確かめてみてください。
 
取材・文:渡部あきこ 撮影:柳沼 亘
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