いくたびREPORT_02 富山県南砺市
250年の歴史を刻む木彫刻のまちへ
つくる人と出会い、学び、深く味わう旅
つくる人と出会い、学び、深く味わう旅
一人の彫刻師を源泉に、時代をこえて受け継がれてきた「井波彫刻」
日本一の木彫りのまちとして知られる富山県南砺市井波。井波の人口は約8,000人。その内のおよそ200人が彫刻産業に携わる「彫刻師のまち」です。まちのシンボル「瑞泉寺」に至る八日町通りには、さまざまな工房が軒を連ねています。
1390年に建てられた古刹は、これまでに3度の火災に見舞われながらも、その度に職人たちの手で再建されてきました。1879年の大火災で消失すると、京都の東本願寺から御用彫刻師・前川三四郎が招かれました。地元の大工がこれに参加し、前川氏から彫刻の技法を習ったのが井波彫刻の始まりです。その伝統が受け継がれて、全国から彫刻の技法を学びに職人たちが井波を訪れるようになりました。
井波の伝統にふれる「井波彫刻塾」
まず訪ねたのは、「井波木彫工芸館」を営む彫刻師の前川大地さん。本業の傍ら、地域の課題解決とまちづくりに取り組む一般社団法人ジソウラボの理事も務めており、芸術と地域振興の両面で活躍しています。
井波の工房には、全国各地から神社仏閣や祭りの山車などの彫刻の依頼があり、制作が追い付かないほどだそうです。これまで彫刻師の養成を担ってきたのは、井波彫刻協同組合が運営する職業訓練校。彫刻師を目指す全国の若者たちが、5年間かけて木彫りの技術を学んでいましたが、生徒数の減少で現在は休校中。彫刻師を目指す人の入口を広げることを目的に、2023年に始まったのが「井波彫刻塾」です。8ヶ月間(4月〜12月)、毎月井波を訪れて、熟練の彫刻師から技術を学びます。
昨年は県内や隣県からの参加のみでしたが、2期目となる今年は、ジソウラボが彫刻組合の協力のもと特別コースを設置し、日本全国に情報を発信。美術大学にも発信したところ、若者からシニア世代まで約20人が参加。7月に行われた第1回目の活動では、参加者からさまざまな反響があったそうです。
「美術大学ではあまり教えてもらえない実践的な技術を学べて良かったという声がありました。また、彫刻の技法を包み隠さず教えてもらえたことに驚いていた参加者も。井波彫刻の技法は門外不出というわけではなく、この場所に残るか残らないかにかかわらず昔から伝承してきたものです。井波彫刻塾でも、ここでの定着をゴールとはせずに、参加を通して井波のファンになってもらえたらうれしいです」
「美術大学ではあまり教えてもらえない実践的な技術を学べて良かったという声がありました。また、彫刻の技法を包み隠さず教えてもらえたことに驚いていた参加者も。井波彫刻の技法は門外不出というわけではなく、この場所に残るか残らないかにかかわらず昔から伝承してきたものです。井波彫刻塾でも、ここでの定着をゴールとはせずに、参加を通して井波のファンになってもらえたらうれしいです」
井波彫刻を体験。匠の技の奥深さに魅せられる
筆者も前川さんの工房で井波彫刻を体験させてもらうことに。四角いヒノキの器の周りの部分を、のみとげんのうで削ぎ落として筒状に仕上げる作業です。師匠から簡単な手ほどきを受けて、いざ実践。やってみると刃の当て方や力加減が難しく、木がささくれ立ったり、ざっくりと削げてしまったりして、なかなか思い通りにいきません。「こういう時はこうして……」と、師匠はトントンと小気味よい音を立てながら、ささくれ立った部分を修復してくれます。師匠のアドバイスを聞きながら彫り進めていくと、少しずつコツがわかってきました。
ヒノキの香りが心地良く、無心になって彫っていると不思議と癒やされてきます。30分ほど彫ると、なんとか筒状に。完成品はややいびつな形になりましたが、それも私の個性ということにしておきましょう。
あらためて工房内の作品を見渡すと、匠の技のすごさがよく分かります。短い時間でしたが、井波彫刻の奥深さを身にしみて感じることができました。
あらためて工房内の作品を見渡すと、匠の技のすごさがよく分かります。短い時間でしたが、井波彫刻の奥深さを身にしみて感じることができました。
つくる人をつくる。新しい才能と文化が生まれる匠のまち井波
前川さんが理事を務めるジソウラボは「人材輩出のまち、井波をつくること」をビジョンに2020年6月に設立した団体です。メンバーのほとんどがUターン者で、建築家やエンジニア、石屋、IT起業家など、異業種のメンバーで運営しています。立ち上げのきっかけは、2018年に井波が木彫刻のまちとして文化庁の日本遺産に認定されたこと。若い世代が中心になって地域のことに責任をもって取り組んでいこうと、前川さんの同級生で林業家の島田優平さんが仲間に声を掛けてジソウラボは始まりました。
「まちの運営に関わる組織はいろいろありますが、役員が交代すると終わってしまう事業が多く、継続性のある自発的な取り組みが必要だと考えました。ジソウラボの主な事業は、『つくる人』の育成です。ものに限らず、何かを生み出す人に伴走して支援を行っています」と前川さん。
「まちの運営に関わる組織はいろいろありますが、役員が交代すると終わってしまう事業が多く、継続性のある自発的な取り組みが必要だと考えました。ジソウラボの主な事業は、『つくる人』の育成です。ものに限らず、何かを生み出す人に伴走して支援を行っています」と前川さん。
「オール井波」でつくる、ここにしかないクラフトビール
工房を後にして向かった先は、そこから歩いて5分ほどの距離にある「NAT.BREW(ナットブリュー)」。ジソウラボのサポートを受けて、2023年2月に開業したブルワリー(ビール醸造所)です。150年前に前川三四郎氏が源泉になって800人の彫刻師が育ったように、地域の源泉になる人を呼び込みたい。そんな思いから始まったのが「BE THE (MASTER) PIECE プロジェクト」、略して(MA)Pです。ジソウラボが県外から起業家を募って支援する事業で、他にもコーヒースタンドやベーカリーなどが続々と開店しています。
「NAT.BREW」を運営するのは醸造家の望月俊祐さん。山梨県出身で、20歳の時から大手ワイナリーでワイン醸造の仕事をしてきました。その後、妻の実家がある南砺市に移住して、市内のワイナリーの立ち上げに参画。転機は、知り合いからジソウラボのビール醸造家募集の話を聞いたことでした。
いつか自分の醸造所を持ちたいと考えていた望月さんは、ワイン醸造の技術を活かせると思い応募。面接ではブルワリーのオーナーで、ジソウラボ理事の藤井公嗣さんと意気投合。打ち合わせを重ねながら、3年の準備期間を経て開業しました。
「ブルワリーという大枠は決まっていましたが、自分で考えてやっていいよと言ってくれたので、とてもやりやすかったです。商品開発の際などは藤井さんに相談しますが、『いいね、やろうよ!』という感じで。オーナーと醸造家がこんなに仲がいいのは珍しいかもしれません」(笑)。
いつか自分の醸造所を持ちたいと考えていた望月さんは、ワイン醸造の技術を活かせると思い応募。面接ではブルワリーのオーナーで、ジソウラボ理事の藤井公嗣さんと意気投合。打ち合わせを重ねながら、3年の準備期間を経て開業しました。
「ブルワリーという大枠は決まっていましたが、自分で考えてやっていいよと言ってくれたので、とてもやりやすかったです。商品開発の際などは藤井さんに相談しますが、『いいね、やろうよ!』という感じで。オーナーと醸造家がこんなに仲がいいのは珍しいかもしれません」(笑)。
「みんなで一緒にやろう」という雰囲気が井波の魅力
「NAT.BREW」は、ジソウラボ代表の島田さんの旧家。内装には島田さんが営む木材会社の木を使い、改修の設計や施工もジソウラボのメンバーが手掛けたそうです。
「NAT.BREW」では「土着(Native)醸造」をコンセプトに、自由な発想で井波の風土を活かした醸造酒をつくっています。例えば、クロモジで香り付けしたものや地元の果物農家とコラボレーションしたものなど、どれもユニーク。地元の特産品である干し柿を使った醸造酒は、「ジャパン・グレートビア・アワーズ2024」で金賞を受賞しています。
「販路の9割が地元なんです。それまでなじみのなかったクラフトビールが地域で受け入れられたのは、ジソウラボが地元の人との橋渡しをしてくれたおかげです」
「販路の9割が地元なんです。それまでなじみのなかったクラフトビールが地域で受け入れられたのは、ジソウラボが地元の人との橋渡しをしてくれたおかげです」
最後に、望月さんに井波の魅力を尋ねました。
「みんなで一緒にやろうという雰囲気が井波の魅力です。ここでは地元の人も移住者も関係なく、外から来た人でもすっと入り込んでいけます。昔から全国の彫刻師を迎え入れてきた歴史が、その温かい受け入れの基盤をつくり上げているのかもしれません。だんだんお店も増えてきて、まちに良い流れができているのを感じます」
ジソウラボのメンバーや望月さんをはじめ、そこに住む人たちの思いが魅力ある人々を呼び寄せ、まちに新しい風を吹き込んでいるようです。次に井波を訪れた時に、どんな変化が起きているのか楽しみです。
「みんなで一緒にやろうという雰囲気が井波の魅力です。ここでは地元の人も移住者も関係なく、外から来た人でもすっと入り込んでいけます。昔から全国の彫刻師を迎え入れてきた歴史が、その温かい受け入れの基盤をつくり上げているのかもしれません。だんだんお店も増えてきて、まちに良い流れができているのを感じます」
ジソウラボのメンバーや望月さんをはじめ、そこに住む人たちの思いが魅力ある人々を呼び寄せ、まちに新しい風を吹き込んでいるようです。次に井波を訪れた時に、どんな変化が起きているのか楽しみです。
エピローグ
井波彫刻や望月さんとの出会いは、私の中に眠っていたものづくりへの興味を静かに呼び覚ましてくれた、意義深い経験となりました。彫刻の匠たちが紡いできた伝統と、現代の創造力が融合するこの井波は、まさに「つくる人」を育てる場所であり、新たな文化が息吹く土壌を感じさせてくれます。そんな井波の地へ、また足を運ばずにはいられません。
取材:文・鈴木俊輔 写真・中西優
取材:文・鈴木俊輔 写真・中西優